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2015/09/08

感情を閉じ込めた日



みなさん、おはようございます^^

恵比寿でセラピスト&講師として活動している
ともちゃんです♪


18歳までいじめられ続けた私が
今、恵比寿で講師として働けるようになった理由
~ 田舎で地味なOLが恵比寿でセラピスト兼講師になるまでのストーリー ~


今日から良かったらお付き合いください。
このストーリーを綴ることで、なにか一つでもあなたへ届けば幸いです。



さて、今日は第1回目


【感情を閉じ込めた日】

私の家は、父・母・私・妹の4人家族
小学校1年生の途中で転校


転校後はなかなか、なじめなかった
コミュニケーションがうまく取れなかった


よく考えてみると、
この時から心は開ききれていなかった


感情のふたをギュッと固く固く締めたのは
小学校5年生のとき


両親の離婚問題が発生
※結局離婚はしていませんが。


原因がお父さんであるということは、
お母さんからなんとなく聞いて分かっていた



両親が口論をしている場面を見た



お母さんは泣いていた。
お父さんは頼りなく感じた。


妹は5歳下、まだ幼稚園生。


お母さんにこれ以上、悲しんでほしくない。
お父さんは頼りない。妹はまだ小さい。
どうする・・・


このとき、私は間違った選択をした。


もう誰にも悲しんでほしくないから、
良いことも悪いことも言わないようにしよう


そう、心に決めてしまった。


その時から、私の心は固く閉ざされた。
感情に固く固くふたを閉めた


これをすれば、いい子でいれば
家族をまとめられる
いい子でいれば・・・


本当にそう思っていた。


そのときから、
24歳までこの感情のふたが緩むことはなかった。



正直、小学校のころのことを思い出そうとしても
一部しか思い出せない。



友達と遊んでいたこともあったけど、
だいたい、まっすぐ家に帰り
とりあえず宿題をして
その後は、何してたんだろう?


思い出せない。


とりあえず、親から
宿題をやりなさい!
は、言われたことのない
子供だったような気がします。



そして、
褒められた記憶もなければ
怒られた記憶もほとんどない


お父さんの愚痴を
毎日聞いていた


そんな記憶ばかりだ。



数年前、小学校のときに日記帳が出てきた
学校に提出していたものだ。



なんとなく読み返してみたら、
毎日必ず最後はこう書いてあった



「今日はとても楽しい一日でした」



嘘だと思う。



その日記を読んでいくと、たまに限界が来るのか


「今日は楽しくありませんでした」


というのが書いてあった。
本当にたまにだけど、こっちが本当の声だったように感じる



誰にも本当の気持ちを伝えることなく
通知表にさえ、


泣いていても、理由を答えてくれないので
なんで泣いているのか分かりません


というようなことが書かれる始末



黙っていて、私のこと分かってよ
なんて、無理なのにね



今なら思う
感情を閉ざしたら、何も解決しないってこと。


言わなくちゃ伝わらないってこと。
黙っていて、分かってほしいなんて都合がいいことだったってこと。
今なら分かります。



とりあえず、今日はここまで^^


明日はこのブログのタイトルにもなっている
「いじめ」のところ書きます。


これから、

・言葉のいじめ
・両親の半別居
・愚痴と不満を聞き続けたら・・・
・妹の反抗期・・・
・居場所がないと感じた

など、綴っていきます。
リストをばっと書いてみようかと思ったんですが、
上のだけでも、小学校から中学校始め位まで(^_^;)
書ききれないから徐々に。




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ただ、話を聞いてほしい。という方がもしいたら
こんな私でよければ、いつでも聞きます。
お気軽にコメントください^^
良かったらお茶会しましょう♪

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いつもありがとうございます♪
今日も皆さんが幸せでありますように☆

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