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2015/09/09

こんな私でも仲良くしてくれた友達

みなさん、こんにちは^^

恵比寿でセラピスト&講師として活動している
ともちゃんです♪


いつもお読みいただきありがとうございます☆
今日の恵比寿は台風の影響か
土砂降りの雨が降ったりやんだり
落ち着かないお天気です。


今日はもうひとつ綴ってみますね♪


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仲良し




今日は第3回目


【こんな私でも仲良くしてくれた友達】




人間じゃないと思っていた小学校時代
ほんとうに口数の少ない子供でした。


そんな私にも数人のお友達がいました。


私が心友と呼ぶのはこの子だけかもしれません。



大切な大切なHちゃん♪



Hちゃんとは小学校2年生のときに出会いました。
Hちゃんも転校生でした。


声をかけるのが苦手な私は、
Hちゃんの机にお手紙を入れたそうです。


私は、その手紙の内容を覚えていないのだけれど、
Hちゃんに大人になってから、

転校してきたとき、ともちゃんからもらった
「ともだちになって下さい」っていう手紙が
すごく嬉しかったって教えてもらったの^^



小学校の頃、だれかと遊ぶといったら
Hちゃんだった。


みんな、小学校のときって
卒業アルバムに寄せ書きって書いてもらいますよね。


私の小学校のアルバムには、
Hちゃんのメッセージしかありません。


他にも友達いたんだけど、声かけられなくて・・・



Hちゃんは大切な友だちでもあり、
尊敬できるお姉さんのような存在
私にないものをたくさん持っている



大人になってからね。
いじめの話とか心を閉ざしてた話とかを
勇気を出してHちゃんに話したことがある。


Hちゃんは全部受け止めてくれた
そして、Hちゃん自身のことも自己開示してくれた。



そのときね。
「ともちゃんが、本当はどう思っているのか、
分からないときもあって寂しい時もあったの」
って話してくれた。


そのとき、本当にごめんって思った
それと同時にこんな私と友達でいてくれてありがとうって
思った。



もう20年以上になるよね。
ありがとう。




Hちゃんとは小・中学校が一緒で
高校から別なところへ進んだ


家は、歩いて15分くらいととても近かった



中学を卒業したとき、
高校が違って会えなくなっても友達でいようねって
月1で手紙を出そうと約束した


そして、それは途切れることなく
高校3年間続いた


高校を卒業し、
私は就職 Hちゃんは専門学校へ
その後も、手紙はなかったけど
ときどき会っては、お互いの話をしていた


字がキレイで
頭が良くて
趣味が芸術的で
お料理が得意で
お菓子作りが上手で


本当に憧れのお姉さんのようなのに


いつも私のことも、同じように思ってくれている。



今年に入ってから、
まだHちゃんに会えていない
久しぶりに手紙を書こうかな♪



今はどんどん発達して、
パソコンやメールの時代になっているけれど、
やっぱり文字って思いが伝わると思う


活字じゃない、その人の癖のある文字に
思いが詰まっている。


確かに、字は上手い方がきれいだけど、
文字の上手い下手ではないような気がする



今でも私の活動を応援してくれているHちゃん
そして、この変化を一番感じているのが
Hちゃんだと思う。


これからも仲良くしてね☆



長々とお付き合いいただきありがとうございます♪
続きはまた明日に


みなさん、移動などお気をつけ下さいね^^


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2015/09/09

私は人間じゃないのかもしれない・・・

みなさん、おはようございます^^

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空


今日は第2回目


【人間じゃないかもしれない・・・】

昨日は、感情を閉じ込めた日を書きましたが、
感情にふたを固く締めた私は、
ますます口数が少なくなった


日常会話が上手くできない
コミュニケーションがうまく取れない


小学校の帰り道は、ほとんど、
泣きながら帰っていた



今、思えば
勝手に悲劇のヒロインになっていたのだと思う


だって、思っていることは言わなきゃ誰にも分からないから



【良い子でいなくてはいけない】


そう決めた私は、
たとえ、自分の考えが周りと違っていたとしても
全部周りに合わせていた
そして、なんとなく笑っていた



小学校4・5年生の頃だったと思う
言葉のいじめが始まったのは、



一番強烈に頭の中に残っているのは、
男子から言われた


【触ると腐る】


という言葉。


そういうのを誰かが言い始めると
どんどん広がる



全員ではなかったけど
何人かの男子に、

【触ると腐る】
【気持ち悪い】
【汚い】

と言われていた。



えっ・・・
触ると腐る




触ると腐るってことは、
私は人間じゃないんだ



って、ずっとずっと思っていた。



私は人間じゃない。



じゃあ、一体なんなんだろう



毎日、学校には行きたくなかった


でも、いじめられてるって言えなかった

親には、
これ以上、悲しみを与えたくなかったから。



毎日のように泣きながら帰っていたけれど
玄関に入る前までにはどうにかした

泣いていたことがばれないように涙を止め、
たぶん、今日も楽しかったって言っていた様な気がする



本当に、家に帰ってから何していたのか
何を話していたのか思い出せない



これだけは覚えている

行きたくなくても自分にこう言い聞かせていた

【明日はきっといいことがある】
【明日は今日よりよくなる】


現実逃避の自己暗示である。


自己暗示もいいながら
私は人間じゃないという自己否定もしていた



そして、学校では
真面目に過ごす・・・


でも、
何かあったら何もしゃべらない



迷惑をかけたくないと思っていたけれど
結局、黙っていることって
一番迷惑をかけていることだったのかもしれない。



先生にどうして泣いているのか
聴かれても言わない



なにか班ごとでやらなければいけないときも
ほとんど話さない



何を考えているのか分からないって
言われて当然。


今ならそう思えるけど、
その当時は全然わからなかった



黙っていて、
何も感情を出さなければ
そうすれば、悲しみを与えることない


子供の頃の思いって
本当に影響してきますね。



人生に・・・。



でもね、
それがあっても変えられる



今日もながながお付き合いいただき
ありがとうございます^^


また明日お付き合いください☆



今日という一日があなたにとって
より良い一日になりますように♪


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2015/09/08

感情を閉じ込めた日



みなさん、おはようございます^^

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さて、今日は第1回目


【感情を閉じ込めた日】

私の家は、父・母・私・妹の4人家族
小学校1年生の途中で転校


転校後はなかなか、なじめなかった
コミュニケーションがうまく取れなかった


よく考えてみると、
この時から心は開ききれていなかった


感情のふたをギュッと固く固く締めたのは
小学校5年生のとき


両親の離婚問題が発生
※結局離婚はしていませんが。


原因がお父さんであるということは、
お母さんからなんとなく聞いて分かっていた



両親が口論をしている場面を見た



お母さんは泣いていた。
お父さんは頼りなく感じた。


妹は5歳下、まだ幼稚園生。


お母さんにこれ以上、悲しんでほしくない。
お父さんは頼りない。妹はまだ小さい。
どうする・・・


このとき、私は間違った選択をした。


もう誰にも悲しんでほしくないから、
良いことも悪いことも言わないようにしよう


そう、心に決めてしまった。


その時から、私の心は固く閉ざされた。
感情に固く固くふたを閉めた


これをすれば、いい子でいれば
家族をまとめられる
いい子でいれば・・・


本当にそう思っていた。


そのときから、
24歳までこの感情のふたが緩むことはなかった。



正直、小学校のころのことを思い出そうとしても
一部しか思い出せない。



友達と遊んでいたこともあったけど、
だいたい、まっすぐ家に帰り
とりあえず宿題をして
その後は、何してたんだろう?


思い出せない。


とりあえず、親から
宿題をやりなさい!
は、言われたことのない
子供だったような気がします。



そして、
褒められた記憶もなければ
怒られた記憶もほとんどない


お父さんの愚痴を
毎日聞いていた


そんな記憶ばかりだ。



数年前、小学校のときに日記帳が出てきた
学校に提出していたものだ。



なんとなく読み返してみたら、
毎日必ず最後はこう書いてあった



「今日はとても楽しい一日でした」



嘘だと思う。



その日記を読んでいくと、たまに限界が来るのか


「今日は楽しくありませんでした」


というのが書いてあった。
本当にたまにだけど、こっちが本当の声だったように感じる



誰にも本当の気持ちを伝えることなく
通知表にさえ、


泣いていても、理由を答えてくれないので
なんで泣いているのか分かりません


というようなことが書かれる始末



黙っていて、私のこと分かってよ
なんて、無理なのにね



今なら思う
感情を閉ざしたら、何も解決しないってこと。


言わなくちゃ伝わらないってこと。
黙っていて、分かってほしいなんて都合がいいことだったってこと。
今なら分かります。



とりあえず、今日はここまで^^


明日はこのブログのタイトルにもなっている
「いじめ」のところ書きます。


これから、

・言葉のいじめ
・両親の半別居
・愚痴と不満を聞き続けたら・・・
・妹の反抗期・・・
・居場所がないと感じた

など、綴っていきます。
リストをばっと書いてみようかと思ったんですが、
上のだけでも、小学校から中学校始め位まで(^_^;)
書ききれないから徐々に。




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